十数年一緒に生きてきたパソコンとお別れすべく、撮りためた写真の整理をしています。
2013年に、鹿児島・知覧を旅した写真がでてきました。
せっかくなので、知覧を含め鹿児島を1泊2日、車なしで旅した観光コースをシェアします。
ひとり旅してシェアしたいこと
1.フェリーで鹿児島新港到着!鹿児島中央駅を目指す
フェリーで鹿児島に到着するひとはあまりいないでしょうが…
管理人は奄美大島から、鹿児島新港へ到着しました。
鹿児島市電を乗り継いで、鹿児島中央駅にアクセスします。
1-1.鹿児島駅と鹿児島中央駅って?
鹿児島中央駅と、鹿児島駅と両方が存在します。
鹿児島中央駅のほうが、圧倒的にメジャーです。
新幹線も通ってますし、バスターミナルもありますし。
鹿児島駅⇔鹿児島中央駅の移動はに乗ってしまえば、4分/1駅です。
鹿児島中央駅、何かと、便利です。
2.日本の近代化は、彼らのおかげ!?若き薩摩の群像
1863年7月の薩英戦争でイギリス海軍の実力を見せつけられた薩摩藩は、西洋の技術を学ぼうと、藩士たち19名を留学のため英国に密航させたそうな。
外交や官僚、教育、実業界などで活躍をし、日本の近代化に貢献をしたのでしょう。
3.日本人なら、1度は行こう!特攻隊の基地だった「知覧」
日本のあちこちを旅しているひとたちに、若い頃に「ここ行っとけ!という場所ありますか?」と尋ねていた時期がありまして。
「知覧とひめゆり」と返ってくることが多く。
いつか行こうと思いつつ、やっとくることができました。
3-1.鹿児島中央駅から知覧へバスで移動
鹿児島中央駅 (特攻観音入口行き・知覧行き )バスは、鹿児島中央駅の「東16」から出発します。
▼鹿児島中央駅の乗り場案内
http://www.chiran-tokkou.jp/access/busstop/index.html
▼バスの時刻表
https://www.city.minamikyushu.lg.jp/kankou/kanko/access/kuko.html
※鹿児島中央駅から特攻観音入口まで約1時間20分
3-2.知覧特攻平和会館で、散華した特攻隊員に思いを馳せる
知覧特攻平和会館には、屋外展示されている旧陸軍戦闘機「隼(はやぶさ)」(複製)があります。
「隼」は、旧陸軍の主力戦闘機として約5750機が製造されたそうな。
166機が特攻機として使われ、うち120機が知覧基地から飛び立ったそうな。
上の写真は2013年当時のもので、2016年5月に改修されました。
特攻銅像。
こんなに若い青年たちが、命を散らせていったのかと思うと、心が痛い
知覧特攻平和会館へ。
すべてをふっきったような、潔い文字、笑顔が印象に残っています。
館内は撮影禁止で、気がつけば2時間近く滞在していました。
特攻隊員たちが出撃するまで、起居していた半地下式の三角兵舎を復元したもの。
最後のときを、どのような思いで過ごしたのか?
特攻平和漢音堂で、手を合わせてきました。
3-3.ホタル館 富屋食堂で、特攻隊の本音に触れる
富屋食堂は「特攻の母」とよばれた鳥濱トメさんが切盛りしていた軍の指定食堂です。
現在、検閲を通っていない特攻隊員の遺書や写真を多数展示している「ホタル館」という資料館になっています。
ここにも、一時間半くらい滞在していました。
▼ホタル館富屋食堂公式サイト
https://tokkou-no-haha.jp/tomiya-shokudo/
他に、鳥濱トメさん関連施設があります。
▼富屋旅館
http://www.tomiyaryokan-chiran.jp/index.html
ご遺族や、生き残られた方たちが知覧を訪れたとき、身を寄せる所、泊る所がないと困るだろう、という気持ちから、隊員さんたちが当時訪ねていた建物を買い取り、訪ねてきた遺族を泊めました。
それが、富屋旅館の始まりです。
▼知覧茶屋
http://tomiya.s504.xrea.com/index.html
特攻の母「鳥濱トメ」さんの味を、実の孫である鳥濱明久さんがそのまま引き継いだお店だそうな。
知覧には、武家屋敷もあるし、一緒に観光してこよう(* ̄ー ̄*)と思ってました。
が、特攻隊員たちの遺書を読んでいたら、そんな気にはなれず。
月並みな感想ですが、このかたたちの守ろうとした日本にできているのか?
値する世の中になるよう貢献しようと、思いました。
4.天文館むじゃきで、しろくまさんをいただく
鹿児島市内に戻り、無性にお腹がすいてきまして。
さっそく鹿児島名物!白熊(しろくま)さんをいただきました。
→鹿児島市内泊
【2日目】5.石橋記念公園・石橋記念館へ
かつて鹿児島市の甲突川には、江戸時代末期に肥後の名石工岩永三五郎によって架けられた5つの大きなアーチ石橋があったそうな。
特に「西田橋」は「御門」があり、二重アーチと扇状石積みの壁石、丸柱の精巧な高欄に青銅凝宝珠など豪華に建造されました。
これら五石橋は、約150年にわたり「甲突川五石橋」として親しまれ、現役の橋として利用されてきました。
が、1993年8月の豪雨によりふたつの橋がが流失してしまいました。
残った3橋(県が西田橋、市が高麗橋、玉江橋)を移設・復元したそうな。
高麗橋(祇園之洲公園)
この橋の周辺には、明治維新で活躍した西郷、大久保さんらが暮らした町があったそうな。
玉江橋(祇園之洲公園)
伊敷不動堂にお参りする人達のために造ったとも言われています。
150年以上もつ橋を当時の技術でつくりあげたなんて、やはり薩摩藩、ただものではありません。
▼石橋記念公園・石橋記念館
http://ppp.seika-spc.co.jp/ishi2/
6.アミュランに乗る!乗ってないけどっ
アミュプラザ鹿児島のシンボル的存在でもあり、建物の上にあるというビジュアルも印象的な、直径約60m、最大高91mの大観覧車「アミュラン」。
だいたい15分で一周するそうな。
鹿児島市内が一望できそう。
7.鹿児島空港へGO
お昼くらいにバスに乗って、鹿児島空港へ
▼鹿児島空港連絡バス
https://nangoku-kotsu.com/ashuttle/
ぱぴゅーんと東京(成田)へ戻ってきました( ̄Д ̄)ノ