八重山戦争マラリア犠牲者慰霊之碑(沖縄県石垣島)

戦争マラリア慰霊碑(石垣島) 八重山諸島の観光/モデルコース

沖縄を旅すると「自分が生まれ育った国を知らずに生きたのか?」に、愕然とする瞬間がいっぱいあります。
「八重山戦争マラリア」についても、然り。

戦争マラリア慰霊碑(石垣島)
碑文は、下記です。

太平洋戦争の末期、沖縄県八重山地域においては軍の作戦展開の必要性から住民が悪性のマラリアの有病地域である石垣島、西表島の山間部への避難を強いられ、過酷な生活の中で相次いでマラリアに羅漢し、三千余名が終戦前後に無念の死を遂げるに至った。国は、終戦から五十年を経た平成八年度に、これら犠牲者の御霊を慰めるため、沖縄県へ「八重山地域マラリア死没者慰籍事業」の助成を行った。この碑は同事業の一環として遺族等からなる「沖縄戦強制疎開マラリア犠牲者後援会」の協力を得て建立されたものであり、遺族がその思いを込めて御霊の名を小石に記し碑の中に納めてある。この碑が八重山の戦争マラリア犠牲者の御霊を慰め、その悲惨さを後世に永く伝え、世界の恒久的平和創造への礎となることを祈る。

平成9年3月29日 沖縄県知事 大田昌秀
協力 沖縄県強制疎開マラリア犠牲者援護会
会長 篠原 武夫
意匠 潮平 正道
揮毫 玻名城 泰雄

「軍の作戦展開の必要性」「避難を強いられ」「終戦から五十年を経た」などの奥に、ほんとうに伝えたかったことが、含まれているのではないでしょうか?

2014年7月5日沖縄県石垣島(バンナ公園内)八重山戦争マラリア犠牲者慰霊之碑

▼戦争マラリア – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%A2

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