原爆の図のある丸木美術館に行ってきた

原爆の図丸木美術館を見学 南関東 観光

埼玉県東松山にある「原爆の図 丸木美術館」を訪問してきました。
前置きがものすごく長くなりますが、おつきあいいただけると嬉しいです。

1.日本「再」発見が、原爆の図丸木美術館に行こう!と思った理由

1-1.東南アジアの歴史博物館にある展示に、ひっかかかりを覚えておりました

生まれ育った日本も大好きですが、東南アジアも大好きな、日本「再」発見です。
アジアを旅するさいに、日本ゆかりの地を訪ねると、多くの場合戦跡や、歴史博物館になります。
(→海外の旅ブログ「みんなのそら」

そして、下記のような展示に出会います。

1941年:日本が宣戦布告
中略
1945年:広島、長崎と原子力爆弾が落ち、8月に日本がポツダム宣言を受諾し、戦争が終わった

「広島、長崎と原子力爆弾が落ち」がなくとも、文がなりたちます。

いろいろな意見はあるかと思いますが、原子力爆弾を正当化しているようで「その一文は必要でしょうか?」と疑問に思っていました。

1-2.シンガポールのバトルボックスで、「敵」は「人間」だったことに気がつく

シンガポールで「バトルボックス」と言う戦跡を訪れ、ツアーに参加しました。
それは、マレー半島を植民地としていたイギリス軍が、大日本帝国に降伏した場所です。
イギリス軍(マレー系に見えるガイドさんは「British army」ではなく「we」と言っていましたが。当時のマレーの方たちは、そちら側だったようです)が、大日本帝国軍に追いつめられていく過程がリアルに再現されます。
→バトルボックスツアーに参加した感想

イギリス軍のパーシバル将軍が、兵士たちがこれくらい犠牲になって、戦費がかかりと、悩んでいたことを知りました。

そこで気がつきまして。
日本「再」発見は、イギリス軍に人格がある、と考えたことがありませんでした。
イギリス軍は、当時「敵」だったのでしょうが、その前に「人間」だったと言うことに気がつき。

それを逆の立場で置き換えると、アジアの方たちが「広島、長崎と原子力爆弾が落ちて」ときいても、

  • そこには、軍港もありましたが、庶民たちのふつうの暮らしもあった
  • 犠牲者の多くは、ふつうの方たちのだった

と言うようなことは、考えたことがないかも知れない!と思い。

相手側からみた歴史を知る努力を続けるのに加え、「日本側から見た歴史」を伝える努力もしよう、と思うにいたりました。

伝える前には、学ばなければなりません。
そうだ!原爆の図丸木美術館があった!と、足を運ぶことにしました。

▼【公式サイト】原爆の図丸木美術館
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/index.htm

2.原爆の図丸木美術館へのアクセス

2-1.公共交通機関で、歩きが少ない方法

原爆の図丸木美術館は、埼玉県の東松山市という都心からは少々離れた場所にあります。
が、車なしでも、公共交通機関を乗り継いで、池袋から1時間半くらいで訪ずれることができます。

原爆の図丸木美術館へのアクセス
まず、東武東上線の東松山駅を目指しましょう。
池袋駅から約1時間くらいで到着したら、東口の南側広場を目指します。

原爆の図丸木美術館へのアクセス
4番乗り場にやってくる市内循環バス(唐子コース)に乗車します。
「原爆の図丸木美術館東:経由」などと、大きく書いていないので、心配なら運転手さんにききましょう。

日曜日はお休みです。
このバスが、1-1.5時間半に1本しかありません。
バスの時間をあらかじめ調べ、スケジュールをたてることをおすすめします。
原爆の図丸木美術館へのアクセス
12分乗車ののちに、畑の中に住宅がたつエリアにたどり着きます。
ここから、歩いて15分くらいです。

▼原爆の図:丸木美術館の公式サイト
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/top/riyo.htm

3.原爆の図丸木美術館を見学

原爆の図丸木美術館を見学
建物は、このような外観です。

原爆の図は、全15部にわたる連作で、水墨画家の丸木位里さんと、油彩画家の俊さんとの共同制作になります。
原爆の図丸木美術館には、現在1~14部が常設展示されています。
※第15部〈長崎〉は、長崎原爆資料館が所蔵しています。

広島は位里さんの故郷で、親、兄弟、親戚が多く住んでいました。
位里さんは、原爆投下から3日後に広島に行き、後さんは後を追うように1週間後に広島にはいったそうです。
家族をはじめ、多くの被爆者から記憶をききとり「原爆の図」に表現していきました。
おふたり曰く「大衆が描かせた絵画」なのだとか。

ただ、一般的な絵画と異なり、東洋に古くから伝わる「屏風絵」「水墨画」に、色を加える手法が用いられています。
テーマがテーマなので「歴史を伝えること」に注目が集まりがちですが、表現の手法に目をむけてもよいでしょう。

日本「再」発見は、

  • 13:30に東松山駅発のバスに乗り、だいたい14:00前に原爆の図丸木美術館に到着をし。
  • 15:02に丸木美術館東(美術館から歩いて15分くらい)発のバスに乗って帰ってきました。

だいたい1時間程度の滞在でした。

▼原爆の図:丸木美術館の公式サイト
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/top/riyo.htm

4.東松山名物!やきとりを食す

東松山名物!やきとりを食す
東松山名物!と言えば、やきとりです。
やきとりと言っても。一般的な「焼いた鶏肉」とは異なりまして。

東松山名物!やきとりを食す
東松山のやきとりは、豚のカシラ肉を炭火でじっくり焼き、辛味の効いた「みそだれ」をつけて食べるものです。
「原爆の図を見たあとに不謹慎かしら?」と思いつつ、食欲に負け「ひびき」さんでやきとん(+ビール)を食べることに。

原爆の図丸木美術館までは、公共交通機関(電車とバス)で、東京・池袋駅から1時間半くらいです。

対立を煽るような報道が目につく今日この頃だからこそ、1度訪問してみてはいかがでしょうか?

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